教会の沿革

萩カトリック教会(キリスト教) の宣教はビリオン神父によって始まった。
「パリ外国宣教会」の宣教師であった神父は1889(M22)年山口に派遣された。
1892年、萩に流刑され毛利藩により殉教させられた長崎浦上のキリシタンの墓と記念碑を建てた。
1895年11月、山口から萩に赴任したビリオン神父は、萩市内平安古の民家を萩カトリック教会堂とした。

津和野、そして地福にも福音宣教を開始した。
1924年8月、ビリオン神父は29年間萩に滞在したのち、神戸そして奈良に赴任した。
イエズス会司祭ヴェッケレイ神父(ドイツ人)が後任となる。
以来、イエズス会の管轄となり、地福・津和野が分離される。
1936年、現在の土原の土地購入。


1940年2月、ヴィエラ神父(スペイン人)が着任。

1952年、メルセス宣教修道女会によって萩光塩学院設立。
1965年、ヴィエラ神父がスペインの恩人の援助で、土原に現在の聖堂を建てた。

1994年、三浦神父が前記のキリシタン墓地と記念碑を改修し、「萩キリシタン殉教者記念公園」と名付けキリスト信者も一般観光客も多く訪れるようになった。

1990年10月、萩カトリック教会宣教百周年記念式典が萩光塩学院講堂で挙行された。

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